六. 新しい増裏を打つ
前回は、「折れ伏せ」までをレポートしました。折れ伏せとは、折れや亀裂が入っている部分を補強するために、裏面から貼る細い紙のこと。一般的には、肌裏(本紙に接する裏打ち紙)の上にさらに「増裏(ましうら)」を貼り、その上から折れ伏せをすることが多いのですが、今回は過去の修理と同じように、肌裏の上から折れ伏せを施しています。
折れ伏せを終えたら、一旦乾燥させ、増裏を打ちます。美栖紙(みすがみ)という薄く柔らかい紙に古糊(ふるのり)をひき、肌裏の上に載せて、打ち刷毛で叩いていきます。この「増裏打ち」は、掛軸の「掛かりのよさ」を左右する大切な工程。繰り返し叩くことで、和紙の繊維と糊を馴染ませて接着を促し、また、同じ力でまんべんなく叩くことで、糊が均一に薄く広がり、乾燥後の硬さを防ぎ、柔らかな仕上がりになるのです。
▲折れ伏せは補強のためのもの。本紙の状態によっては、このように無数の折れ伏せが施されることになります。
▲増裏用の美栖紙に古糊を施します。
▲古糊を塗った紙を肌裏の上にそっと置きます。
▲刷毛で撫ぜて、増裏と肌裏の間の空気を出します。
▲打ち刷毛で叩いていきます。大きな刷毛なので、トントンという大きな音が響きますが、軽く置いているだけなので衝撃は少ないそうです。
▲美栖紙は叩かれた分、薄くなります。
紙や糊のこと
増裏に用いるのは楮(こうぞ)に胡粉(ごふん)という貝殻の粉を混ぜて漉いた美栖紙です。漉いた後、圧搾することなくすぐに干板に貼って天日乾燥するため、柔らかで伸縮性がなく糊のなじみがいいのが特徴とされます。古書画の表具には欠かせない素材ですが、その伝統的な技法の継承者は、今では奈良・吉野を拠点とする一軒の生産者のみ。近年、その入手は困難で、価格も高騰の一途を辿っていることから、代用の紙で済ませる業者も多いといいます。そんな中、今回《二十五菩薩来迎図》の修理をお願いした京都の老舗表具店「古代表装 弘明堂」では、「手触りも風合いも、まったく異なり、違うものを使うと折れやすくなったり、硬くなったりしてしまう」として、「本物」の美栖紙にこだわり続けています。
そして、接着に使うのは古糊です。これは、小麦デンプン糊を甕に仕込んで、5年から10年ほど冷暗所で寝かせて発酵させたもので、接着力が極めて弱いことが特徴です。この古糊をさらに水で薄めて用いるため、柔軟な仕上がりになるのです。
弘明堂の表具は「掛かりのよい」ことで知られていますが、熟練の技術に加えて、材料へのこうしたこだわりが、その定評を築いてきたのでしょう。
▲柔軟でありながら伸縮性のないことが特徴の美栖紙。
▲古糊を水で伸ばして用います。
折れ伏せに増裏と、丁寧に裏打ちを施した《二十五菩薩来迎図》、表は見違えているはずです。その様子は、次回、レポートいたします。