連載でお伝えしている、二尊院の《二十五菩薩来迎図》の修復。この作品は、一七幅からなる大作ですが、全ての幅に対して、分析調査を行っています。「分析調査」とは、様々な分析機器を用いて、肉眼ではわからない作品の素材や構造などを調べること。どのような素材を用いて、どのような技法で描かれたのかを解き明かすことなのです。
以前の記事では、赤外線や紫外線、そして蛍光X線を用いた調査の様子をお伝えいたしました。赤外線や紫外線調査では、目で見ただけではわからない下絵の線などを確認することができました。また、蛍光X線による調査では、どのような絵の具が用いられたかを考察するための材料を得ることができました。
絵画に用いる顔料には無機顔料と有機顔料があります。蛍光X線は元素分析を行うものなので、分析できるのは基本的に無機顔料です。今回は植物や昆虫由来の色素から作られた有機顔料の分析を行いました。今回は、植物や虫などの有機物から作られた「有機顔料」についての分析調査の様子をお伝えいたします。
調査を担当してくださったのは、嵯峨美術大学の佐々木良子先生。文化財に含まれる有機物の分析を通じて、用いられた素材やその産地、あるいはどの程度古いものなのかなどを解明することを専門にしています。
▲《二十五菩薩来迎図》の調査をする佐々木先生。
有機物は蛍光X線では検出できないので、分光光度計と呼ばれる分光分析のための機器を用います。今回の「分光分析」では色々な波長を含む白色光を当ててどの波長の光がどれくらい反射してくるかを測定しました。
今回、調査していただいたのは「南1番」「北1番」と呼ばれている幅。蛍光X線によって絵の具がわからなかった部分を、重点的に調査していきます。その一つが、雲の部分にうっすらと見られるピンク色です。
▲《二十五菩薩来迎図》の「南1番」。
▲調査に欠かせない顔料の標準試料。えんじ色が感じられる部分であれば、えんじ色の標準見本を測定してから、調査対象の該当部分を測定し、標準試料と実資料の両方を測定した結果を比較して、用いられている色材を検討します。
以前、蛍光X線による調査では、丹に鉛白などの白色顔料を混ぜてピンク色に彩色したと思われる部分がありました。ここでえんじが用いられたとすれば、同じピンクでも、無機顔料を使ったり有機顔料を使ったりと、かなり手の込んだ彩色が施されたということがわかります。
▲分光測定器は、暗闇で用います。
▲測定したデータから、絵の具の原料を解析します。
▲「北1番」を前に、調査結果について話す佐々木先生(左)と仲先生。
《二十五菩薩来迎図》が、本格的な材質の分析調査を受けるのは、今回が初めてのことです。分析調査は、修理に必ずしも必要な行程ではありません。けれども、21世紀の今だから可能な科学的調査が、室町時代前期、宮廷の絵所の画家として活躍した土佐行広が、どのようなものを用いて、どのような手順でこの一七幅の仏画を描いたのかを紐解く一助になれば、というご所蔵者の思いがあり、嵯峨美術大学の仲先生、佐々木先生のご協力があって、実現することになりました。
調査はまだまだ続きますが、その結果は、報告書としてまとめる予定です。
協力:佐々木良子(嵯峨美術大学非常勤講師)
仲政明(嵯峨美術大学教授)
金子信久(府中市美術館学芸員)
構成・文:久保恵子