連載でお伝えしている、京都・二尊院の寺宝《二十五菩薩来迎図》の修復。その合間を縫って、先日、京都の嵯峨美術大学で《二十五菩薩来迎図》の初めての分析調査が行われました。「分析調査」とは、様々な分析機器を用いて行う調査のことで、使われている素材のことや作品の構造、そして劣化状態など、目で見ただけではわからない、作品の物理的・化学的な特徴が、様々にわかるのです。
《二十五菩薩来迎図》の分析調査をお願いしたのは、嵯峨美術大学の仲政明教授。古典彩画技法の解明と体系化、つまり古い時代の建築や壁画、絵画などの文化財が、どのような素材を用いて、どのような技法で描かれたかを解き明し、まとめることを専門に研究なさっています。詳しい調査結果とその分析については、いずれ仲先生が報告書にまとめてくださるとのことで、今回は、調査の様子をダイジェストでレポートします。
一. 赤外線・紫外線を用いた調査
今回行われたのは、主に赤外線と紫外線、そして蛍光X線を用いた調査です。赤外線と紫外線を用いた調査では、肉眼では見えない下書きの線などを確認することができます。
▲「北三番」と呼ばれる一幅の部分。右が通常の撮影。左が赤外線下での撮影。赤外線は絵の具の種類によっては、表面層にある絵の具を透過するため、下書きの線がはっきりと見えることがあります。雲の部分を比べてみると、下書きでは一本だった仕上がり線から、着色の段階では幾重もの白い輪郭線がふわふわ感を生み出すという表現になっていることがわかります。
▲紫外線カメラで撮影した画像をパソコンで拡大し、細部を確認します。
二. 蛍光X線を用いた非破壊調査
「非破壊調査」とは、「作品を傷つけることなく調べる」ことです。かつては、調査のために微小な顔料片を採取する、といったようなことが行われていた時代もありましたが、現在では、「非破壊」が基本です。
X線は放射線の一種で、透過力が強く対象の内部にまで届くという特性があります。そして、X線が当たると、X線と原子の相互作用で「蛍光X線」が発生するのですが、これが、それぞれの元素特有のものであるため、対象に含まれている元素が特定できる、というわけです。例えば、有名な1960年の《永仁の壺》事件では、蛍光X線分析によって釉薬に含まれる元素の比率が判明し、そこから壺は鎌倉時代のものではないと結論づけられました。《二十五菩薩来迎図》では、それぞれの色に、どんな絵の具が用いられているかを考察していきます。
▲「北三番」の菩薩が持つ天蓋の赤とピンクの部分を蛍光X線で分析しました。下は16倍で撮影した画像です。
例えば、「北三番」で菩薩が捧げる天蓋の赤とピンクの部分を蛍光X線で分析すると、赤い部分は水銀の含有量が高いので朱、一方、ピンクの部分は水銀ではなく鉛が検出されたので、丹に鉛白などの白色顔料を混ぜているのでは、と推察できるそうです。仲先生は、「描き手の気持ちで考えてみると、朱のすぐ隣なのだから、普通は朱に白を混ぜてピンクにする方が合理的だと思うのですが、あえて丹に変えている。つまり、この絵の作者は色にこだわっていたのではないでしょうか」と話します。
仲先生がユニークなのは、科学的分析調査を専門とする一方で、古画模写を手掛ける描き手でもあるということ。絵筆を握る実制作者としての視点に、科学的分析を加えた、幅広い視点から、作品を分析することができるのです。
▲蛍光X線分析計の測定と、拡大撮影を並行して行います。
絵の具の素材には、大きく分けて「顔料」と「染料」がありますが、今回、蛍光X線分析で元素から解析することができたのは「顔料」、つまり鉱物や貝殻といった元素に還元できるものを原料とする絵の具です。次回は、植物や虫を抽出して作られた「染料」について調査が行われる予定です。