二尊院《二十五菩薩来迎図》の修復⑦

/新しい総裏を打つ/仮張りをする/裏摺りをする/

修復の話

七. 新しい総裏を打つ
「増裏」を打つ工程が終わったら、本来であれば次は、本紙のまわりに表具裂を張り合わせる「付け回し」の工程に入ります。けれども、今回の《二十五菩薩来迎図》では、そもそも本紙と表具裂を解装しませんでした。理由はいくつかありますが、第一に、表具裂の状態が比較的良かったからです。そしてもう一つの理由は、古くから二尊院で大切に受け継がれてきた現状の来迎図の佇まいをそのままに残したかったからです。そのため、次の工程は、裏面の仕上げとなる「総裏」打ちです。

 

裏打ちに使う紙
▲裏打ちに使う紙は、「喰い裂き」という方法で、本紙のサイズに合わせて紙をカットしておきます。喰い裂きとは、水を含ませた竹のヘラで紙に線を引き、その線に沿って紙を手で引き裂くこと。毛羽立った切り口となるので、紙を重ね張りする際に、繊維で継ぐことになり、つなぎ目が滑らかになるのです。

 

 

総裏には宇陀紙を使います。
▲総裏には宇陀紙を使います。楮に白土を混ぜて漉いた宇陀紙は、色が白く表面が滑らか、引き締まった強靭な紙質が特徴ですが、弘明堂では、よく揉んで柔らかくしてから使います。そうすることで、作品保護の観点からは大切な強靭さを保ちつつ、糊の浸透がよくなり、また、手ざわりもよくなるのだそうです。よく揉んだ宇陀紙を広げて、刷毛で手早く古糊を引いていきます。

 

 


▲古糊を引いた総裏紙を増裏の上にそっと置き、打ち刷毛でトントンと叩いていきます。

 

 

紙と紙との重なりにできる段差には、ヘラをぴっちりと当てて隙間をなくし、中の浮きをなくしていきます。
▲紙と紙との重なりにできる段差には、ヘラをぴっちりと当てて隙間をなくし、中の浮きをなくしていきます。

 

 

紙が分厚く見える部分は、下軸の「軸袋(じくぶくろ)」となる部分
▲紙が分厚く見える部分は、下軸の「軸袋(じくぶくろ)」となる部分。総裏の上に軸を巻くための軸袋紙を張ったら、その上部の和紙を指で擦って、ほんの少し総裏紙を薄くしていきます。掛軸の巻きはじめが硬くならないためのひと手間です。

 

 


▲打ち刷毛で打つ工程で毛羽立った繊維を、丁寧に手早く払っていく。

 

 

軸袋の両端に、薄絹で「軸助(じくだすけ)」を付けます。
▲軸袋の両端に、薄絹で「軸助(じくだすけ)」を付けます。下軸で力のかかる部分を補強しています。

 

 

八. 仮張りをする/裏摺りをする
裏打ちを終えたら、裏面全体に湿り気を与えてから、表面を上にして「仮張り」と呼ばれる板の上に張り、ゆっくりと自然乾燥させます。掛軸は、本紙の絵絹とその裏に施された何種類もの裏打ち紙、さらに表具裂と様々な素材でできています。材質によって伸縮の度合いが異なるのですが、仮張りに張って、時間をかけて乾かすことで、全体に凸凹のない滑らかな状態に仕上がるのです。

 

二尊院《二十五菩薩来迎図》を乾燥させている様子
▲最低1ヵ月以上かけて自然乾燥させます。表を上にした仮張りの工程は「表張り」と言います。

 

 

仮張りの板
▲仮張りの板は、杉などの角材を格子状に組み、その裏表に和紙を貼り重ねて、表面に柿渋を施したもの。

 

 

表張りの状態で、虫食い穴など裂の傷んだ部分が目立たないように、色を差していきます。
▲表張りの状態で、虫食い穴など裂の傷んだ部分が目立たないように、色を差していきます。

 

 


▲表張りが終わったら、裏側から数珠を用いてなでていきます。「裏摺り」と呼ばれるこの工程は、掛軸の仕上がりを柔軟なものにするための大切な作業です。

 

 

裏摺りを終えたら、今度は裏面を上にした状態で仮張り(裏張り)をして、ゆっくりと乾燥させます。
▲裏摺りを終えたら、今度は裏面を上にした状態で仮張り(裏張り)をして、ゆっくりと乾燥させます。

 

 

掛軸の裏側にあった書き付けのある貼り紙
▲掛軸の裏側にあった書き付けのある貼り紙は、修理前と同じ場所に戻しました。右側は、この《二十五菩薩来迎図》が描かれた当時のもので、作者の土佐行広の名とこの来迎図の制作のための資金を集めた僧の名が記されています。左側は、江戸時代初めの慶安4年(1651)の修理の際のもので、修理を願い出て費用を出した人の名が記されています。

 

 

次回は、仮張りを剥がして、軸を付ける最終工程です。

 

 

協力:金子信久(府中市美術館学芸員)
構成・文:久保恵子