二尊院《二十五菩薩来迎図》の修復⑧

修復の話

九. 裏摺りをする/耳そぎ
ここから「仕上げ」の段階に入ります。表具を作り込んで、「掛軸」の形にしていく工程です。
まず、仮張りから外して、裏摺りをします。裏摺りは前回の記事で紹介した工程でも行いましたが、「掛かりのよい」掛軸を仕上げるために繰り返される大切な作業のひとつなのです。それから、表具の裂からはみ出す左右の部分の裏打ち紙(=耳)を切り落とす「耳そぎ」を行います。

 

 


▲裏面を上にした状態の仮張り(裏張り)を、竹のヘラで一気に剥がしていきます。心地よい音が工房に響きます。

 

 

仮張りから剥がしたら、再び、数珠を用いた裏摺りを行います。
▲仮張りから剥がしたら、再び、数珠を用いた裏摺りを行います。

 

 

はみ出ている部分を耳のほんの少し内側に折り曲げて、竹ヘラで撫で込んでいきます。
▲はみ出ている部分を耳のほんの少し内側に折り曲げて、竹ヘラで撫で込んでいきます。

 

 


▲折り目に印刀を入れて、はみ出ている部分を落とします。

 

 

「耳そぎ」を終えたら、細かな紙の繊維をハサミで切ります。
▲「耳そぎ」を終えたら、細かな紙の繊維をハサミで切り、さらに目の細かな紙やすりをかけます。丁寧な仕事が、手触りのよさを生みます。

 

 

十. 軸付け
掛軸には、表具の上下部分に「軸」という木製の芯が巻かれています。総裏を施した際に取り付けた和紙を「軸袋」として、軸木を巻いて仕上げます。
今回は、掛軸を安全に収納するための「太巻(ふとまき)」という器具をあつらえることになりました。絵具の塗りが厚かったり、本紙の折れがあったりする作品は、軸木だけを芯に細く巻き上げてしまうと、絵具の剝落や本紙の破損が進んでしまうことがあります。太巻は、昭和四年(1929)、西本願寺から売り出された三十六歌仙歌集(石山切)を表装して掛軸に仕立てる際に、装潢師の岡行蔵氏が考案したもので、近年、大切に受け継いでゆくべき貴重な掛軸は、修理後に太巻に仕立てられることが主流となりました。

 

 

軸袋部分を開いてその間に軸木を据えて、糊を付けて巻きます。
▲軸袋部分を開いてその間に軸木を据えて、糊を付けて巻きます。軸木は経年劣化が見られたので新しいものを用意しましたが、軸端(じくたん)はもともと付いていたものをそのまま使いました。

 

 

太巻は、下軸をすっぽり挟み込んで中に収める箱のような構造。
▲太巻は、下軸をすっぽり挟み込んで中に収める箱のような構造。一幅一幅のサイズに合わせて作りますが、ここまで美しい正円に仕上げられる腕を持つ指物師は、あまりいないそうです。

 

 

上軸には銀杏型の芯を入れて、仕上げます。
▲上軸には銀杏型の芯を入れて、仕上げます。

 

 

十一. 風帯付け/紐付け
最後に、掛軸の天部分から下げる垂飾り「風帯(ふうたい)」、そして掛軸を巻きとめる紐を付けます。風帯は表具裂と同様に、この絵にもともと付けられていたものを用いましたが、傷んでいた鐶(かん)などの金具と紐は新しいものに替えました。

 

 

風帯は、上軸の山側に巻き込んで、絹糸で縫い付けます。
▲風帯は、上軸の山側に巻き込んで、絹糸で縫い付けます。

 

 

紐を通すための鐶を打ち込みます。
▲紐を通すための鐶を打ち込みます。

 

 

今回は「曲げ鐶」という方法で仕上げました。
▲今回は鐶の抜け落ちを防止するために先端を折り曲げる「曲げ鐶」という方法で仕上げました。曲げずに先端をただカットする「打ち鐶」と言う仕上げ方もあります。

 

 

長さを調整しながら、掛緒紐(かけおひも)と巻緒紐(まきおひも)を取り付け。
▲長さを調整しながら、掛緒紐(かけおひも)と巻緒紐(まきおひも)を取り付けます。

 

 

掛け具合を見て確認し、できあがりです。
▲掛け具合を見て確認し、できあがりです。

 

 

これで、《二十五菩薩来迎図》一七幅の修理がようやく終わりました。修理の始まりから要した時間はおよそ一年。作業はどれも熟練の技を要するものでしたが、今回の修理を手掛けた弘明堂の三代目中村圭祐さんは、ひとつひとつ極めて繊細に丁寧に、そして手早く仕上げてくださいました。本紙の絹が傷み、絵具が剝落し、所々で強い折れ目が見られた修理前の状態と比べると、その違いは一目瞭然。見違えました。
近年は修理の際に全て新しい表具裂で仕立て直すことも多いようですが、今回は、古い表具裂をできるだけ生かす方針を採りました。二尊院という由緒ある古刹で、大切に受け継がれてきたこの来迎図の独自の佇まいを守っていきたい、という思いからです。
近年、文化財の修理には、現代ならではの、より精密な技術を使った手法もありますが、それには多くの時間と莫大な費用が掛かります。その一方、今回のような古くから変わらない手法によって、何百年もの昔から、作品が、その風合いや味わいを大事にしながら、無事に守られてきたのも事実です。今、修理を必要としている作品は、数え切れないほどあります。さまざまな修理の方法や考え方が共存していくことで、ひとつでも多くの作品が救われるといいと思いました。

 

 

修理を終えた一七幅は、材質などの調査をさらに行い、二尊院に戻ります。そして、本尊を挟んで全幅を掛けての法要が執り行われるのを待つことになります。これからの調査の様子、法要の様子は、またこのページでお伝えしていきます。

 

 

協力:金子信久(府中市美術館学芸員)
構成・文:久保恵子