指物師の仕事

/文化財の保存桐箱をつくる/

指物の話

一幅の掛軸を取り巻く、伝統の技をご紹介していく連載「日本画の舞台裏」。今回のテーマは「指物師の仕事」です。箪笥のような家具から、茶匙のような小さな道具まで、様々な木工製品が指物師の手によって作られますが、今回、取材をさせていただいたのは、文化財や美術品、茶道具などの「箱」を専門に手掛ける指物師の兵働知也さん。その工房を訪ねて、お話をお伺いしました。

 

 

やってきたのは、京都の中心部から車で1時間弱、京北にある兵働さんの工房です。工房の周りには、板がずらっとたくさん。まずは木のことからお話しいただきました。

 

材料の説明をする兵働さん。
▲材料の説明をする兵働さん。

 

 

─ずいぶんたくさん材木がありますが、全部、箱を作るための材料ですか?
兵働知也(以下、兵働) そうです。全部、箱ですね。いわゆる茶道のお茶碗の箱や、もちろん掛軸用の軸箱にもなります。

 

 

─種類は桐ですか?
兵働 はい。文化財の保存桐箱をはじめ、今は桐の仕事で忙しくさせてもらっているので、桐がメインになってきていますね。その分、桐に関しては、特にいい材料を選んで買ってきています。

 

 

─外に置いてあるのは、干すためですか?
アク抜きです。丸太で仕入れてきて、雨晒しにして、アク抜きをするんです。

 

工房の外には雨晒し中の材木がたくさん
▲工房の外には雨晒し中の材木がたくさん。

 

 

─どれくらいの期間、雨晒しにしておくのですか?
兵働 丸太を四つに割って1~2年、それぞれの厚みに切って1~2年。ですから、使うまでにだいたい4〜5年くらいは置かないといけませんね。

 

 

─随分時間がかかるものですね。それは、ふつうのやり方なのですか?
兵働 今はこんなに丁寧にアク抜きをする人は少ないかもしれません。それこそ、中国の方では、手間隙を惜しんで漂白剤に漬け込んでしまう、なんていうこともあるようです。

 

用途に応じた、様々な長さの材木があります。
▲用途に応じた、様々な長さの材木があります。

 

 

─そういう材木と、丁寧にアク抜きした材木はやっぱり違いますか?
兵働 もちろん、全然違います。漂白剤につけると表面何ミリかだけが真っ白で、切断すると真っ黒けなんです。中はアクが抜けてませんから。雨晒しにするというのは、何年もかけて材木の中のアクと水を交換するということなんです。

 

 

─それで、アク抜きが終わるとこんなにきれいな材木になるんですね?
兵働 はい。きちんとアク抜きができれば、表面をほんの1ミリも削れば、中はきれいな状態になります。ここからようやく製品づくりが始まります。

 

アク抜きを終えた材木は工房の中へ。
▲アク抜きを終えた材木は工房の中へ。

 

 

─兵働さんは、どうして指物師になられたのですか?
兵働 はじめは家具を作りたくて木工の世界に入りました。前職では染色をしていたんですが、もっと作り込む仕事がしたいと思うようになったんです。染色は、一瞬が勝負の仕事です。それはそれで面白いんですが、じっくりと作り込むことをしてみたいという思いから、家具の学校に行ったんです。そして、いざ就職をするというときに、茶道具を手掛けている指物師の方と偶然知り合ったんです。以来、かれこれ20年ほど、この世界にいます。

 

兵働さんの作業場。
▲兵働さんの作業場。

 

色々な種類の鉋がずらりと並びます。
▲色々な種類の鉋がずらりと並びます。

 

 

─今は、茶道具と文化財などの保存木箱がメインだと伺いました。
兵働 僕には師匠がふたりいて、茶道具の師匠と保存木箱の師匠。茶道具の師匠に出会ってしばらくしてから保存木箱の師匠と出会って、軸箱の作り方などを教えてもらいました。

 

 

─茶道具とはまた違うのですね?
兵働 はい、掛軸用の軸箱は軸箱でまた専門のやり方があります。僕が師事したその方は、釘を作って、釘できかす、という昔ながらのお仕事をなさっているんです。

 

 

─釘を自分で作るのですか?
兵働 昔は釘屋さんという職人さんいましたが、今はそういう方たちもいなくなってしまったので、僕も釘から自分で作っています。今の安い箱はボンドで接着をして、最後に飾りで釘を打っただけのものも多いんです。そうやって作っても一見、似たような箱が出来るかもしれませんが、大きな箱や精密な箱を作ろうとすると、昔ながらのやり方でないと作れません。

 

兵働さんが自分で作った釘。材質は卯木。
▲兵働さんが自分で作った釘。材質は卯木。

 

 

─それはどうしてですか?
兵働 そもそも、僕が扱う材木は工業製品ではないので、真っ直ぐではありません。大きくなればなるほど、曲がっていたりするものです。昔の職人さんは、曲がっていれば、曲がっているものなりにそれを使って、ぴしっと作ることができたんです。素材そのものの癖を知り、それをどう使うかをわかっていないとできないことです。

 

 

─大変な技術ですね。
兵働 例えば、釘を打つのも、まっすぐ打つと、後でスポッと抜けてしまうので、斜めに打ち込みます。桐のように柔らかくて軽い材料でなく、硬く重たい材料で箱を作る方が頑丈で良いように思われがちですが、頑丈だから良いということでもないのです。昔ながらの技術で作られた桐箱はよくできているなと思うのは、本当に力がかかったらちゃんと壊れるというところです。時々、軸箱の修理の依頼があるのですが、それは、何らかの原因で落として、壊れてしまったというものです。でも、箱は割れるんですが、中身の掛軸は助かる。箱がショックを吸収してくれるんです。

 

 

─先人の知恵ですね。中身の保存のために、他に大事なことはなんでしょう?
兵働 職人さんによっても色々違うと思いますが、僕は、軸箱はきちっと密閉できるように作っています。水害などの際にも、箱が密閉されていたから、中の文化財が助かった、というようなことは実際にありますから。

 

▲出来上がった箱を見本に、説明する兵働さん。
▲出来上がった箱を見本に、説明する兵働さん。

 

 

─きちっと密閉できる箱は、どのように作っているのですか?
兵働 例えば、この箱に蓋をかぶせてみると、蓋の中ほどが箱に当たります。わざと真ん中を張らせているんです。箱の真ん中をあえて広げ、逆に蓋の方の真ん中はすぼめています。だから当たるのですが、こうして閉めることで全体的にきれいな弧を描くような形で圧がかかって、ぴっちりと密閉できるようにしているんです。

 

 

─微妙に曲線になっているわけですよね、どうやって作るんですか?
兵働 釘なんです。釘を打ちながら、曲線になっているかを見ながら、という感じです。木によって癖があって、こっちが出ていたり、あっちが出ていたりするので、釘で調整しながら、ここを張らせようか、内側へ入れようか、と様子を見つつ、きれいなラインが出るようにします。

 

「釘は斜めに打ってきかせます」と兵働さん。
▲「釘は斜めに打ってきかせます」と兵働さん。

 

 

─先ほど、丸太で仕入れてくるとおっしゃっていましたが、桐箱に向いている木というのは、どんな木なのですか?
兵働 特に軸箱の場合、大事なのは目の通りですね。長さがあって、上から下まで目が通っているいいものは、なかなかありませんが。

 

 

─審美的なことから、目が通っていることが大事なんですか?
兵働 そうですね。美しいということもありますが、材料としても目がまっすぐ通っている方が、あと後の狂いもないんです。木というのは、そもそも皆、ねじれているものです。螺旋状にねじれながら育っていくからですが、それがあまりにもきついものは、板にしたときにもねじれるので、買わないようにしています。

 

 

─それは丸太の状態でわかるものですか?
はい、ねじれているのはわかります。

 

 

─丸太で買ってきて、切ってみたら全然ダメ、なんてことはありますか?
兵働 あります。大損もありますよ。業者さんによっては、切ってみてあまりにひどいものは、安くしたり、あるいは交換したり、というところもありますが、基本的にはダメだったらそれは自分の目がなかった、ということですね。

 

工房の壁には、広隆寺のお札が。
▲工房の壁には、広隆寺のお札が。聖徳太子は大工さんの神様なのだそうです。

 

 

─切ってくれたらいいのに、と思ってしまいます。
切ると値段が上がるんです。

 

 

─そうなんですか!
はい。丸太だと安いよ、という話です。でも、そもそも見た目以上のものは、まず出てこないものです。切ると、どこかしら悪いところが出てくるものなので。何回も何回も買うしかないんです。僕も自分で何度も痛い目に遭って、だんだんわかるようになってきました。それでも、まだ100%ではないですね。

 

 

─このすごい板は何ですか?
これは屋久杉です。

 

▲兵働さんの工房には二千年ものの屋久杉もある。
▲兵働さんの工房には二千年ものの屋久杉もある。

 

 

─屋久杉で箱を作るんですか?
そうです。屋久杉は油が多いので軸箱には向かないのですが、二重箱の外箱に使います。屋久杉はなかなか入ってきませんが、松本松栄堂さんが二重箱の外箱は全部、屋久杉で作りたいとおっしゃっているので、機会があれば仕入れるようにしています。それでも、なかなかいいものには出会えません。これも表面から見たらまあまあですが、裏の腐りが大きいんです。土埋木(どまいぼく)なので仕方ないですね。

 

松本松栄堂からの注文で作った屋久杉の外箱。
▲松本松栄堂からの注文で作った屋久杉の外箱。

 

 

─屋久杉の他にも、何か変わった材料はありますか?
兵働 材料にも格というものがありますが、神代なんかは格が高い材料です。これは、神代杉ですね。

 

独特のグレーがきれいな神代杉。
▲独特のグレーがきれいな神代杉。

 

 

─それは、どういうものですか?
兵働 火山が噴火した折に火山灰の中に埋もれて、そのまま千年、二千年経って、掘り返された材木です。工事の際などに出てくることがあるんです。去年は秋田で大量に出てきたらしいです。

 

 

─それで神代杉というんですか。
兵働 そうです。杉ならば神代杉、栃ならば神代栃、というわけです。腐らずに、千年以上埋まってるんですが、空気に触れると、灰色に変色するようです。

 

 

─かっこいい色ですよね。
だいたい神代はこういう色ですね。

 

 

─何ともロマンのある話ですね。
兵働 千年、二千年という単位ですからね。あの屋久杉にしたって、二千年ですから。

 

 

─時間の感覚がおかしくなりそうです。
兵働 屋久杉には新屋久杉と本屋久杉とあって、新屋久杉は千年以内、本屋久杉は千年以上。二千年くらいになると、細かいこういう木目ができて、鶉の模様のようなので鶉杢と言われるようになります。

 

 

─奥深い世界ですね。
兵働 そうなんです。本当に奥が深くて面白い世界なので、もっと色々な方に知ってもらえたらと思っています。

 

お話を伺った人:兵働知也さん。掛軸などの文化財の保存箱、茶道具などを手掛ける指物師。

 

お話を伺った人:兵働知也さん。掛軸などの文化財の保存箱、茶道具などを手掛ける指物師。

 

 

構成・文:久保恵子
協力:金子信久