二尊院《二十五菩薩来迎図》の修復④

/解装〜新しい折れ伏せを施す/

修復の話

三.解装
総裏紙を上げたら、次は「解装」です。解装とは、表具裂などを取り外す作業のことで、「解体」とも言われます。最初に掛軸の下軸(しもじく)を外し、それからの上巻(うわまき)と呼ばれる裂、そして上軸(かみじく)、と順に外していきます。
近年は、外した表具裂は、全て一新して仕立て直すことも多いようですが、今回は、今ある表具裂をできるだけいかす方針で修理を進めることになりました。現状ではこの来迎図の表具裂は比較的良い状態にあるためです。また、現状の来迎図の独自の佇まいをそのまま受け継いでいきたい、という思いもありました。重厚な仕立ても多い仏画の中で、この来迎図の表具裂はめずらしいほどシンプル。そのことによって、菩薩来迎のシーンがより一層、神々しく、荘厳に見えているような印象を受けます。一七幅を並べてひとつの光景を作り出すという仕立てを、表具によって邪魔しないという意図もあったのかもしれません。

 

丸包丁と呼ばれる大きな刀で、下軸に巻いた紙だけを丁寧に切っていきます。
▲丸包丁と呼ばれる大きな刀で、下軸に巻いた紙だけを丁寧に切っていきます。

 

 

下軸と上軸
▲下軸と上軸だけは、経年による歪みも出てきているということで、新調を決めました。

 

 

中から出てきた軸木
▲中から出てきた軸木。一七幅からなる《二十五菩薩来迎図》は、お堂に掛ける際の配置から、それぞれ北は一から九番、南は一から八番まであり、軸木にもそれが記されています。

 

 

鐶(かん)を外して、掛緒(かけお/掛けるための紐)を取ります。
▲鐶(かん)を外して、掛緒(かけお/掛けるための紐)を取ります。

 

 

掛軸の裏側、上部の布部分の上巻(うわまき)を上げていきます。
▲掛軸の裏側、上部の布部分の上巻(うわまき)を上げていきます。

 

 

四.増裏を上げる/肌裏は上げない
掛軸は、何層もの重層構造になっています。絵や書が描かれた「本紙」と、表具裂を補強、保護するために、裏側から何枚もの裏打ち紙が施してあるのです。修理の最初の工程では、まず「総裏」と呼ばれる、裏側から見て一番外側の裏打ち紙を上げました。「増裏(ましうら)」とは、総裏の下に施してある裏打ち紙のことです。

 

増裏を丁寧に、ゆっくりと上げていきます。
▲増裏を丁寧に、ゆっくりと上げていきます。

 

 

増裏の下は、「肌裏(はだうら)」。本紙の裏に直に接する裏打ち紙です。これを除去する、つまり「肌上げ」をするかどうかは、本紙や絵の具の状態次第です。例えば、肌裏がすでに浮いているような状態で、本紙に影響なく除去できるのであれば問題はありません。ところが、仏画など絵絹に描かれた作品は、裏からも彩色が施されていることが多く、その場合、肌上げをすると裏彩色も一緒に除去されてしまう場合があるのです。肌上げが基本とされた昔の修理では、そのような例も少なくなかったようですが、現在では状態によっては、肌上げをしないほうが良いと考えられるようになりました。二尊院のこの《二十五菩薩来迎図》も、修理前の調査の結果、裏彩色の絵の具が肌裏に強固に貼り付いているので、肌上げはしないことになりました。肌上げするために、あらかじめ絵の表面に弱い糊で紙を貼って絵の具をいったん固定してから、肌裏を慎重に除去する方法もあります(表に貼った紙は最後に剥がします)。しかし二尊院の《二十五菩薩来迎図》の場合は、絵絹がすでに失われている部分でも、裏彩色の絵の具だけが残っているほど、絵の具が肌裏にしっかり固着しているのです。そもそも絵絹の目がとても粗いので、絵の具と絵絹の接着強度が弱い可能性もあります。そこで肌上げはきわめて危険と判断したのです。

 

絵絹が欠失して、裏彩色だけが残った肌裏が見えています。
▲絵絹が欠失して、裏彩色だけが残った肌裏が見えています。

 

 

とても目が粗い絵絹が用いられています。
▲とても目が粗い絵絹が用いられています。

 

 

五.古い折れ伏せを除去する/新しい折れ伏せを施す
増裏を上げた状態で、作品を裏側から見ると、ところどころに細長く切った紙が貼られていることがわかります。これは「折れ伏せ」と言われるもので、折れや亀裂の入ってしまっている部分に、補強のために施されているのです。普通は、増裏の上から貼られていることが多いのですが、この来迎図では肌裏の上に施されています。よく見ると、折れ伏せにも、比較的新しい時代に施されたものと、もっと古い時代のものがあるようです。古いものは、肌裏と一体化しているものもあるので、ひとつひとつの状態を見て、肌裏に影響なく除去できるものだけ、丁寧に取り除いていきます。そして、折れ伏せをできるかぎりなくした状態で、本紙の折れや亀裂の状態を見極め、新たな折れ伏せを施していきます。肌裏にのせるため、通常よりもやや薄めの美濃紙を用います。

 

折れ伏せが施された時代によって、比較的明るい色のものと、暗い色のものがあります。
▲折れ伏せが施された時代によって、比較的明るい色のものと、暗い色のものがあります。

 

 

印刀を用いて、古い折れ伏せをひとつずつ除去していきます。
▲印刀を用いて、古い折れ伏せをひとつずつ除去していきます。

 

 

光に透かして見ると、折れや亀裂がよくわかります。
▲光に透かして見ると、折れや亀裂がよくわかります。

 

 

▲新しい折れ伏せを施してゆきます。
▲新しい折れ伏せを施してゆきます。

 

 

これからは、表装裂を本紙に取り付けて、もう一度、掛軸に仕立てるという工程が始まります。引き続き、レポートしていきたいと思います。

 

 

協力:金子信久(府中市美術館学芸員)
構成・文:久保恵子